最初の海外生活はバンコクだった

クアラルンプールに来る前、私はバンコクで暮らしていた。

2024年1月。

妻と二人で、日本から移り住んだ。

海外旅行なら何度もしていたけれど、ホテルを予約して、観光して、お土産を買って帰る旅行とは違う。

ここで生活する。

そう思うと、やっぱり少し不思議だった。

バンコクではコンドミニアムを借りた。

初めて窓から外を眺めたとき、そこはとてつもなく広大に見えた。

建物がたくさん見える。

道も見える。

でも、そこに何があるのか全く想像がつかない。

私にとっては、ほとんど未開の地だった。

そして、どこからか鶏の鳴き声がする。

「バンコクでは、鶏を飼うのが普通なのか?」

本気でそう思った(笑)

後でわかったのだけれど、コンドミニアムの隣は学校だった。

鳴いていたのは、そこで飼育されている鶏。

別にバンコクの人たちが、普通に鶏を飼っているわけではなかった。

そんなところから、私のバンコク生活は始まった。

毎日、ちょっとずつ散策した。

「あ、ここにスーパーがある」

「この道を行くと、あそこに出るのか」

「昨日歩いたところと、ここがつながってる」

知っている場所が少しずつ増えていく。

点だったものが線になって、線と線がつながっていく。

すると、最初は広大で何もわからなかった窓からの景色にも、知っている場所が増えていった。

「あそこは、あの道だ」

「あの辺に、あの店がある」

景色は何も変わっていない。

変わったのは、私の頭の中だった。

なんだか、子どもの頃みたいだった。

家の周りしか知らなかった子どもが、自転車に乗れるようになって、少し遠くまで行けるようになる。

知らなかった道がつながって、自分の世界が広がっていく。

50代になって、外国でもう一度それをやっている。

近所のスーパーで食材を買う。

電車に乗る。

今日は何を食べようかと考える。

そうやって普通に生活しているうちに、

「知らない外国」だったバンコクが、

少しずつ「自分の住んでいる街」になっていった。

海外移住で最初に面白かったのは、

案外、そんな感覚だったのかもしれない。

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About オートレ松村

オートマチックトレード株式会社 Automatictrade.Inc 機関投資家が行なっている自動売買も個人投資家も必要になる時代がくるとの思いから2006年自動売買関連システム専業のシステム開発会社を立ち上げる。 以来、個人投資家に自動売買サービスを提供する一方、証券会社のサービスの構築、証券会社とAPIを通じたコラボレーション、証券取引所から相談を受けたりなど、自動売買業界の先駆者として活動している。
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